第49話 まり投げて 見たき広場や 春の草

年があけて既に二週間が過ぎてしまいました。時期外れではありますが、遅ればせながら、あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願い致します。

あっという間のキャンプイン、あっという間のオープン戦、WBCを挟んで、あっという間の開幕ですね。もうすでに「球春」という言葉が使えそうです。この言葉の響き、いいですよね。造語だと思いますが誰が最初に使ったのでしょう。「打者」とか「走者」とかという言葉をあみだしたのが正岡子規というのは間違いないようです。タイトルの俳句は、あまりにも有名な子規の句ですが、この句の解釈はそれぞれ識者によって違うようです。既に結核に冒され子規の体を蝕み「野球をやりたくてもやれない」という状況で、その時の気持ちを歌ったとすれば、あまりにも切ない句だと思います。

「来年こそ俺の躍進の年にするぞ!」という決意で更改に望んだのに、球団から突然の契約打ち切りを言われ、途方にくれるしかなかった選手は山ほどいました。新婚旅行の帰りに球団事務所に挨拶に寄ったら、その場でクビを告げられた阪神の選手もかつていました。我が阪神タイガースの2013年の陣容が大体決まりました。毎年1月には昨年のプロ野球名鑑を必ず見直し、引退やトレードは別としてトライアウトもかなわず、今年の選手名鑑から名前が消えていく選手に思いを馳せ、毎年のことながら、一抹の寂しさを感じるのも正月明けのこの時期です。

今年は例年になく色々複雑なおもいで、キャンプを迎える阪神ファンは多いと思います。とりわけ、背番号5番、平野恵一選手を応援してきたファンの方たちの心情を思うと本当にやるせない気持ちです。オリックス入団の会見で平野選手は「補強で自分の出番が減るというか、均等の勝負が出来ない環境でプレーするのは阪神では難しいと思う」というような捨て台詞に近い言葉を阪神球団に投げつけました。多くの阪神ファンが、とうに旬を過ぎている選手をあたかも熱望しているような言い回しをメディアを使ってする、この球団に怒りをおぼえます。意中の選手を獲得する事ができ、喜色満面に会見する球団代表や中村GMの得意顔はファンの気持ちを逆撫でするばかりでなく、どこまでファンの事を理解しているのか疑問です。若い芽を自ら摘み取る、この球団は何度同じ過ちを繰り返すのでしょうか?平野選手のオリックスでの大活躍を祈るばかりです。

昔の話で恐縮ですが、私自身、江夏豊がトレードされた時は内心穏やかなものではありませんでした。南海のユニホーム着ての最初の関東遠征という事で、意気込んで後楽園に駆けつけたのですが、タイガースの小旗を内野で思い切り振っていたのは、見渡すと私を含め3人だけで、その空気が、また輪をかけて淋しい気持ちを増幅させました。

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江夏がパリーグに移った当初、野村監督は江夏の起用法を先発とも抑えとも決めかねていたところでした。パリーグ初登板は平和台球場で、太平洋クラブライオンズを相手に初セーブをあげます。続く本拠地の大阪球場では先発にまわり、近鉄の鈴木とのエース対決を制し初勝利をあげますが、また4日後には抑えで登板します。そのあとの2戦は先発で登場しますがKOされ連敗してしまいます。先発が不安視される中での関東初見参がこの試合でした。土曜日のデーゲーム、R書房のヨシマツさんと江夏の応援にかけつけます。しかし三塁側の内野席でいつも言葉をかわしたり野次を飛ばしたりしていた常連さんは皆無でした。なんて冷たいやつらと、その時は思ったのですが、きっと息を潜めて応援していた豊ファンは沢山いたのではないかと思うようにしました。

この試合、江夏は一回表に日ハムの富田に先頭打者ホームランを打たれます。制球は定まらず三振もあまり取れず、四回もたず何と7失点で降板となってしまいます。結局この試合、南海は「若手三羽烏」といわれた柏原、新井、定岡の活躍で、「毎回安打、先発全員安打、全員得点」というおまけもつき、江夏は三連敗を免れます。

この時、セリーグは?阪神は?どうだったのでしょうか?同じ日、甲子園球場で大洋、平松から、桑野、中村のタイムリーで終盤逆転し、なんと阪神は9連勝を飾ります。開幕から12試合経過したところでタイガースは9勝1敗2分けで既に2位巨人に3ゲーム差をつけるという夢のようなスタートを切ります。前回の優勝の1964年からはや12年、同じ辰年という事も因縁づけ、大阪の町は、早くも「優勝」の声が飛び交います。ましてや江夏のトレード相手である江本が開幕から大活躍、江夏を惜しむ声が徐々にかき消されていきます。本当に淋しいものでした。結局、江夏はこの年、6勝12敗9セーブという数字しか残せず、南海ファンを失望させます。

しかし江夏は、そこでくたばるような選手ではありませんでした。その後、広島、日本ハムの両チームで最高の栄誉、MVP(年度最優秀選手)を取り見事蘇えります。



江夏といえば田淵、その三代目ミスタータイガース、田淵幸一のトレードも衝撃でしたが、彼もまた西武ライオンズの主力として「2年連続日本一」という栄光を勝ちとります。江夏、田淵とくれば当時のBIG3といわれた藤田平ですが、1979年、開幕まもなく左太もも肉離れが長引き、そのシーズンを棒にふり引退説も飛び交います。しかし藤田もまた、以前と見違えるほどチャンスに強い選手として帰ってきます。首位打者のタイトルのみならず、阪神生え抜きで唯一の2000本安打、名球会入りを果たします。

私にとっては藤田、江夏、田淵の三人は今も神様のようなものですが、この三人が一緒にプレーした1969年から1975年の七年間は、実績だけでなく人気もこの三人に集中していました。この七年間でオールスターに選ばれなかったのは、1972年の藤田のたった一回だけでした。いかにこの三人で持っていた球団かわかります。私もこの三人への思いは何時間話してもつきません。

この三人の背番号、6番、22番、28番をタイガースですべて付けた選手が一人だけいます。1984年から阪神OB会を18年間の長きにわたって会長として仕切ってきた田宮謙次郎さん、その人です。松木、景浦、藤村、に続き首位打者をとった選手です。田宮選手は10年目に、「A級10年選手」に与えられるボーナスと移籍の権利を取得しますが、球団の勝手な思惑で大毎オリオンズに移籍します(北杜夫の小説「ドクトルまんぼう航海記」では文中の流れと関係なく「何故、阪神は田宮を放出したのだ」というつぶやきが何回も文中に顔を出します)田宮は大毎オリオンズでは山内や榎本とミサイル打線を形成し優勝に貢献します。時の大毎のオーナー永田雅一は、大映映画の社長も兼ねており、「田宮謙次郎のように世の中に知られ、活躍出来る様に」と柴田吾郎という大映の新人に「田宮二郎」という芸名をつけさせたというエピソードもあります。

田宮は日大時代は4割を打つ天才バッターでしたが、投手としても長けており阪神には左腕投手として入団します。一年目には11勝をあげます。そして二年目には、日本で最初の「完全試合」達成を、しそこないます。これがその時の試合です。

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この試合、国鉄を相手に田宮は速球と制球抜群のカーブを投げ分け、九回二死までパーフェクトのピッチングを展開します。この時の国鉄のクリーンナップは、相原、岩橋、福田という選手でした(この三人の解説をしてくれたヤクルトファンに会えました。どこにもいるんですね、研究者というか、マニアが)。さて、あと一人で初のパーフェクトという緊張した場面で、国鉄の九番バッター、中村栄遊撃手は1-2後の直球をかろうじてバットにあてます。なんともない三塁ゴロでしたが、三塁を守る藤村は前に突っ込みすぎて球はレフト前に転がります。明らかな拙守で今だと藤村にエラーがつくところでしたが、何と無情にもヒットが記録されてしまいます。この試合、藤村は3打数3安打の10割でした。この試合から3ケ月後、青森市営球場で、巨人の藤本(中上)英雄投手が西日本パイレーツを相手に、プロ野球史上、初の完全試合を達成します。田宮はこのあとの二年間、少しだけ投手としてマウンドに立つのですが一つも勝てず、三年目からは打つ方に専念します。8年後にはついに首位打者となります。

田宮謙次郎は、1988年阪神のヘッドコーチに就任しますが、これを機に田宮の出身地、茨城県下館の地元の阪神ファンが集まり「しもだて勝虎会」という後援会を兼ねた応援グループを結成します。そして、それから毎年1月には、新年会を開くのです。私もこの会に度々出させて貰ったのですが、そこでとても感動する、そして心温まる出来事に何度も遭遇します。(続く)


週刊虎バカクラブ
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5 コメント

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