一度でも甲子園で阪神タイガースの試合を見たことのある人なら、心と体に刻み込まれているはずだ。通路を抜けてスタンドに足を踏み入れた瞬間の開放感、黄色く染まったスタンドがヒッティングマーチとともに揺れ動く高揚感。ほかの球場とは明らかに違う磁場というか魔力というか、そんな何かが甲子園にはある。負けていても最後の最後まで盛り上がるが、勝っていればもちろんなおさらだ。一度味わうと病みつきになって、また行きたくなる。東京在住の私も年に1~2度は甲子園詣でをせずにはいられない。
そんな甲子園のなかでも熱いファンが集まるライトスタンドの熱狂ぶりを写した写真集が『ライトスタンド』(幻冬舎)である。著者(というか撮影者)は、『英語で阪神タイガースを応援できまっか?』などの著書でも知られるトラキチ外国人カメラマン、シャノン・ヒギンス氏。〈阪神ファンになって19年。ファンとしてライトスタンドの魅力に取り憑かれて15年。仕事で甲子園を撮りだして10年〉の著者が、〈同じ阪神を愛する一人のカメラマンとして、ファンの鼓動、そしてライトスタンドの轟をなるべく多くの人に伝えたい〉という思いを込めて撮った写真が140点収録されている。
個人的に好きなのは、下の写真だ。
シャノン・ヒギンズ『ライトスタンド』(幻冬舎)より
(見開き掲載なのでノド部分が影になっています)
にしても、ただ甲子園のファン、つまり一般人を写しただけの写真集なんて、よく企画が通ったものだ。自分が写っていれば買ってくれるだろうという計算もあったかもしれないが、これも2003年ならではの現象だろう。とはいえ、これで1300円はちょっと高いかなあ……と思いつつページをめくっていたら、最終ページに記された一文に虚を突かれた。
ネタバレになるが触れないわけにはいかない。それは著者がライトスタンドで出会った一人の若者について綴った文章だった。当初、ライトスタンドの応援団にカメラを向けることにややビビっていた著者に「俺の写真撮ってよ」と声をかけたのが、「梅虎会」の団員・荒木和哉氏。彼のおかげで他の応援団員たちとも打ち解けることができ、〈いつのまにか、ライトスタンド中の応援団の面々をフイルムに収めていた〉という。
しかし、2003年7月5日、ライトスタンドで「今度はちゃんと写真送ってくださいよ」「来週持ってくるよ」という会話を交わして別れた翌朝、荒木氏は交通事故で帰らぬ人に……。そう、彼は一度も阪神の優勝を見ることなく、この世を去ったのだ。
そして、そのページには応援団のハッピを着て、拳を突き上げる人の好さそうな若者の写真が……。いやいやいや、反則でしょう、コレ! 人生一寸先は闇とはいうけど、まさか最後にこんなどんでん返しがあろうとは……。もう優勝は3回も見たけど、とにかく行けるうちになるべくたくさん甲子園に行っておこう、と思う私であった。