Tigers-net.com(タイガースネット.コム)で虎コラム「自称阪神タイガース評論家」を更新しました!
※反映まで時間がかかる場合があります。
http://www.tigers-net.com/
ひさしぶりにコツコツとウェブいじりを楽しんでいたら大夜更かし。いけませんいけません。
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コメント
伊藤宏光さん(この名前が一番記憶にしっくりくる)、球質は重いが球速に欠ける工藤一彦さんと対極で、速球ながら球質の軽さが玉に瑕でしたね。どちらも勝って負けてのシーソー投手でしたが。
その伊藤投手、入団間もないキャンプで隣で投げていたい江夏が阪神で自分より速い球を投げる投手に初めて出くわしてショックを受けたというエピソードを思い出しました。
入団当時から踏み出した左足の膝が割れる欠点を指摘されて、これさえ治れば20勝と言われ続けて、とうとう最後まで直らなかったなあ。
でもサンテレビの解説では、落ち着いた話しぶりで良い味出してて、とても好きでした。そのあたりの解説振りが球団の目に留まってスカウトされたんでしょうかね。
ひとりでも多くいい投手を育ててもらいたいものです。
私がタイガースを真剣に応援し始めた頃に入団された伊藤さんや益山さんは凄く印象に残っている投手です。
伊藤コーチには、才能ある「原石」がゴロゴロしているタイガース投手陣を磨き上げて欲しいですね!!
私も「宏光」さんがしっくりきますね。
文隆さんだと、某関西ローカル局のアナウンサーと
間違えそう(笑)
現役時代は「良い球投げるのに」
「勿体無いねぇ」系の投手だった記憶があります。
ただ、年に一度は目の覚めるようなピッチングを、
それも読売戦でやってくれて、溜飲を下げるやら
「何で、そのピッチングがいつもでけへんねん」と
残念に思うやら、妙に記憶に残った投手でした。
さぁ、彼がどんな手腕を発揮してくれるのか。
未知数なセクションだけに楽しみも大きいです。
伊藤氏と言えば、現役時代、胸元を突く勇気が有れば・・・
とよく言われていたのを思い出します。
解説を聞いていても温厚そうですし、人間的に優しい方なんでしょうね。
またまた聞き慣れない役職ですが、フロントに現場の事が解っている人間が増えるのは良い事だと思います。
上層部と現場とを繋ぐ、良いパイプ役に成ると良いですね。
伊藤弘利氏(大同工高‐三協精機)昭和52年暮れD1位入団。翌年4月、対戦相手忘れましたが先発に代打が出た回に打線爆発で大量リード。第二次後藤新監督の親心、後を継ぎプロ入り初勝利。翌日新聞に『ルーキー伊藤、どん底阪神救う!』の活字が踊る。この時の5連勝、3位巻き返しを最後にチームは低迷。GWに6位に沈み以後各節1勝ペース、球団史上初の最下位の屈辱を味わう。
下積み後、一軍定着するも皆様のカキコにあります様に一本立ちには心許ない状態が長らく続く…。いつか忘れましたが、ニ試合連続完投勝利と今までの苦労が実を結び『一番信頼できる投手』の地位に手をかけたかと思えた時に『伊藤、足の故障で登録抹消』解説の西本幸雄氏の『本当についておらん男やね』の一言が、二度の改名など苦労を重ねた伊藤氏の選手時代を象徴している言葉かと。
昭和60年日本シリーズ第四戦、対西武甲子園での先発好投が一軍印象に残っています。営業マン&解説者の経験、クラブ選手権日本一監督の手腕、今後の活躍に期待しています。