
阪神・平田勝男2軍監督「今の僕があるのは星野さんのおかげ」 闘将・星野仙一さん死去から8年…「話題は尽きない」 昨年は名古屋の中華料理店で〝墓参り〟
中日、阪神、楽天で監督を務めた星野仙一さん(享年70)が亡くなって、4日で8年がたつ。明大の後輩で2002年から2年間、監督付広報を務めた阪神・平田勝男2軍監…
星野さんが亡くなって8年。
平田さんの年齢が、星野さんが楽天でユニフォームを脱いだ年になるのだとか。平田さんの若々しさは置いといて、自分が星野さんの阪神監督時代の年齢(55~56歳)をとっくに超えていることに驚く。
中日で初めて監督になったのが34歳。その時点で「オヤジ」川上哲治を目指していたのだから、老成するスピードも速かったのだろう。
なぜ星野さんを監督に呼べたのかと考えると、「その前段階」があるのも無視できないが、わかりやすく「強い阪神」へと導いた偉人と言える。それまで「阪神には伝統がない」と言われていたが、星野さんの強烈な信念から伝統の源ができた。それが選手へ、あらたな首脳陣へと、あるいはフロントにも息づき、歴史と融合していった。
阪神球団の変化は、歴史的必然であったとも思う。しかし、星野さんという個との出会いがなければ、その変化のスピードはもっとゆっくりとしたものになっていただろう。
強烈な個であったがゆえに、あちこちで衝突して「被害」もあったことだろう。神格化するつもりはないが、阪神を強くしてくれた星野さんへの感謝が消えることはない。合掌。
あとよろ。


コメント
もう8年になるんですね。そしてタイガースの監督時代の年齢が、今の私の歳というのに改めて驚いています。比べるなんておこがましい事は出来ませんが、少しでも真似できるところは真似していきたいと思う次第であります。私の人生の中でも上位3本の指にはいる程、感銘を受けた御仁であります。
その考えを継承した平田さんがタイガースに居るのも、大きな遺産になっていますね。平田さんもタイガース一筋で、今の強いタイガースに導いた重要人物。今年も二軍監督として多くの若虎を成長させてくれると思います。
長らく暗黒時代に喘いでいたタイガースというチームを、たった2年で全く違うチームに
入れ替えてしまった。
ガチガチだった球団の金庫をこじ開け、非情とも言われた大幅な選手の入れ替えを行い、
采配やチーム運営の面でも、かなり厳しいものがあったと聞きます。
ミスタードラゴンズとも称され、監督を辞された直後に「星野阪神監督か!?」という
報道が出た時、「んなことあるかいな」と全く信じられませんでしたが、本当に監督に
就任した時はビックリしました。
亡くなられた年の3月のオープン戦で、中日との追悼試合が行われ球場入場門付近で献花
をした記憶があります。
もうあんな個性ある野球人はなかなか現れないでしょうね。
雲の上から日本の野球界を見守っていただきたい。
シルバーキラー仙ちゃん♫
爺転がし♪
90年代、そう言って名古屋の竜キチたちをからかったものです。その数年後にまさか‥‥。
目標は川上と公言しながら、別所にも可愛いがられた仙ちゃん。当時まだ中堅のリーマンでしたが、畏敬の眼差しで眺めていました。
これで何もかも上手くいくと、暗黒時代の阪神をチクチクやるホームページ(死語)を畳む切っ掛けを作っていただきました。
黒い霧で小川健太郎がしょっ引かれる前日、番記者すら近寄れない彼に、将棋盤を持って行って、二人して深夜まで無言で指し続けたという話は、最早伝説。野球オタクとしては映画化希望ですわ。
できれば川上よりも鶴岡親分を目指して欲しかったかな、なぁんて今となっては詮無い話ですね。
合掌
星野さんの招聘には当時の野崎球団社長の手腕もあって、まさに二人三脚でタイガースの立て直しを図った功労者であることも忘れてはいけないですね。
何度かコメントしていますが、ドラゴンズファンの友人達から「仙一の凄さ」を長年聴かされていたところからのタイガースの監督就任だったので、あの時は本当にワクワクしました
彼らから聴いていた話で「選手もコーチもファンも諦めているのに仙一だけ諦めていない試合を勝つ」というのがあったのですが、実際に2002年9月22日甲子園でのカープ戦大逆転勝利を観た時に「ああ、これか…」と思ったことが忘れられません
好きだったなぁ〜伝説の人
「私は鬼になる」
「必ず悔し涙を、嬉し涙に変えてみせます!」
「勝ちたいんや、勝ちたいねん」
「あー、しんどかった」
心に沁みた言葉が発せられた場面、映像が今も蘇ってくる。タイガースを強くした男、星野仙一。その熱い系譜は金本知憲に受け継がれ、じっくりと育てあげ見事に熟成させて新たな伝統が始まった。
野村監督誕生にも驚いたけど、その後を引き受ける男気はそれ以上の出来事だった。そして楽天の監督になって日本一になってしまうとは。まさに伝説の人。きっと、球団初の連覇を届けよう!
星野仙一氏がタイガースの暗黒時代を断ち切った人でしたね。
思い切った選手の大量入れ替えで戦う集団を作りあげましたね。
当時の主力桧山に選手の特徴等を聞き、時には優しく、時には厳しく接していたとか。
まだまだ活躍して欲しかったですね。合掌。
がんばろう日本!
あの日、哀し過ぎて妻と映画「ディスティニー」を観に行きました。
映画は?で何の慰めにも成りませんでした。
少し前に、金本阪神について「もう1年待っていて下さい」と豪語されてたのに。
西田辺さん同様、追悼試合観に行きましたが最終回京田がありえない空気読まない大ファインプレーでゲームセット。
何か思い出したらムカムカしてきました。
でも、星野さんから岡田さん、真弓さん、和田さん。そして金本さん、矢野さんから再度岡田さんへ。で、最強藤川タイガース。楽しみが止まらないです。