体罰の経験

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毎年のように新しい販売方法が出てきて、なんやらようわからんことになっている方も多そうだけど、今度は「甲チケ」だそうだ。

→甲チケ

ファンクラブ会員の特典あり(座席指定可能)というのは良いと思うけど、ざっと読んだところで、試合当日チケットの引き替え窓口でメールアドレスやパスワードを入力するとあったが、どんな仕組みなのだろうとか、そんなんで試合当日混雑しないのだろうかとか、いろいろと疑問を感じた。
ネットダフ屋を暗躍させないという「公共の利益」に繋がる販売方法のようには思うが、それは主催者側が「売れればいい」ではいけないという意志を強く持たなくてはいけないこと。

少し前にコメント欄で今話題になっている体罰について取り上げてみては?とご提案いただいた。私自身も中学高校とバスケ部だったが、暴力的な指導を受けたことはなく、桑田氏の文章にうなずくばかりだった。

「体罰は自立妨げ成長の芽摘む」桑田真澄さん経験踏まえ(朝日)

ただ私自身、中学1年の時の担任と、高校の部活の顧問に一度ずつ平手で叩かれたことがある。それは今回のような「部活の指導」でもなければ「恒常的な暴力」でもない。どちらも「お前がそんなことでどうするんだ」という言葉とともにピシャッともらった。しばらくはショックだったけど、手をあげる方も心が痛いというのはよく分かった。自分でも罰を受けるのが当然だと思い、深く反省した。自分の罪によって傷つく人がいる…その痛みが自分の頬を通して真っ直ぐに心の中に染み込んで来たような気がした。今でもありがたいと思うし、先生に会えば必ずその時の話をして感謝の気持ちを伝えている。

ちょっと傲慢な言い方だけど、こういう「ハイレベルな体罰」でない限りは、殴る側の自己満足に過ぎないケースが多いだろうと思う。

何かの目的として暴力を使うことはばかばかしいと思う反面、「暴力的行動」への対抗手段としての暴力まで否定してしまっては、教育現場が持たないだろうという危惧はある。でもそれも今回の件とはまったく別次元の話だろうと思う。

コメント

  1. ガク より:

    トラオ様、お風邪は完治されたのでしょうか?完治されたのなら何よりです。

    体罰問題ですが、大阪では橋本市長が桜宮高校体育科の入試が来月なのに中止すべきだと息巻いています。彼なりの問題提起の仕方だと思いますが、受験生はいきなり中止にされて人生が変わる子もいるのですからたまったもんじゃありません。恐らく予定調和通り中止発言撤回になると思いますけど。

    体罰を禁止しても結局叱咤激励するために今度は「言葉の暴力」による病んだ子供が増えてしまう気がします。勝つために厳しい指導は必要なのですが、それだけじゃなくいかにフォローできるか、フォロー役の人間が重要な気がします。

  2. 虎蜂 より:

    体罰を完全になくすことへの危惧はあるものの、体罰を認めてしまうことは被害者を増やしてしまうだけという気がします。

    愛あればこそ、暴力に頼らない指導を心掛けていくべきだと思います。

  3. 西田辺 より:

    今回の「いわゆる体罰問題」。
    体罰とは字の通り「体への罰」。
    何か決まり事を守らなかったり、道に外れた者への懲罰。
    果たして、肉体へのダメージの如何は別にしても、一人の少年を死に追いやるほどの罰というものが
    存在して良いものなのだろうか。
    最早、「教育上の体罰」などと聞こえの良い物ではなく、「パワーハラスメントにおける暴力」では
    ないでしょうか。
    この市立高校を全国レベルにまで引き上げた、指導者としての力量は認めるが、それを嵩に生徒を
    暴力によって統治する姿が見えてくる。
    言葉が適切かどうかは分からないが、この教師のクラブ支配の為に、犠牲になったとしか思えません。
    今回の事件、「体罰」の有無や善悪だけで語っては本質が見えなくなる気がします。
    今回行われたのは、心身ともに人間を追い込んだ「暴力」であることは認識したいと思います。

  4. 虎ジジィ より:

    私は高校時代部活でほぼ毎日、顧問の先生から体罰を受けていました。虫垂炎から退院した時も、次の日から通常メニューで練習させられました。
    そして体罰を受ける事が苦痛で、いつしか「強くなる事」より「部活を辞めない事」が目標になってしまっていました。
    桑田氏がおっしゃるように「体罰で強くなる事」は絶対に無いと思います。
    「体罰」と「しごき」は全く別物です。一年生の時、先輩からも「気合い入れ」という名目で部室を真っ暗にして正座させられ竹刀で叩かれる体罰を受けていましたが、これは自分が上級生になった時に廃止し「しごき」に変えました。

    そして私も今回自殺した子と同じように「キャプテンを続けるか二軍に落ちるか」の選択肢を顧問に迫られ「二軍に落ちる」を選択した経験があります。
    今回の生徒自身も、自殺という最悪の選択をする前に「一番大切な物」を考えて欲しかったです。

    ちなみに現在では昔受けた部活の時の体罰は(時代的に)ある程度仕方なかったと思っています。ただ、授業中3秒間目を閉じた(一瞬寝た)だけで前に呼び出し裏拳で頬を五発殴った(口の中が肉片でグチャグチャになった)先生や、2年生の時寮で私の後輩が試合当日廊下を走った事で目が覚めたという理由で私をボコボコに殴った(失明しかけた)先輩の体罰には30年以上経った今でも納得してません。
    卒業して10年ほど経った頃、その先生と甲子園球場(母校応援)で再会し先生は何か言いたそうに近づいて来まましたが、私は反射的に逃げてしまいました。それぐらい私の心の傷は大きかったのだと思います。

    もしも今、その先生に会えたら伺ってみたい「あの時の教育方針は、本当に正しかったのですか!?」と…

  5. さら より:

    こんにちわ。(以前違うネームで投稿した事がありますがよろしくです)
    体罰に関しては一概に悪いとはいいません。
    toraoさんと同様私も二度平手打ちされました。ショックだったけど、それはたまに受けるムチだからこそ効果があると思います。毎日とか30発とかは例外。顧問も今までの地位を落としたくなくてどうしても優勝させなくては、という思いなどあったかもしれませんが、
    スポーツ校の母校では先輩が厳しいからだったか自殺した生徒はいます。自分も苦しい部活に耐えられず、死んだ方がマシかと思った事はあるし、たぶんそういう生徒はたくさんいると思います。また体罰で自殺した人も公表されてないだけで、結構昔からあるかも。
    その部活を選んだのは本人だし、ご家族を思うと心が痛みます。

  6. いわほー より:

    体罰をいつの日か感謝にできるのは、あの時の体罰に得心したのではなく、月日があの体罰を受け入れる心に懐ができたから。
    決して体罰を肯定するようになった訳ではない。
    そこのところがともすれば混線して体罰もありなんじゃないかと錯覚してしまう。
    私はそう思います。
    桑田真澄さんの意見に全面的に賛成します。
    ただ、教育現場において体罰も辞さないにらみの利く教師がいないと秩序統制とれない学校も事実あります。(私の通う学校もそうでした・・・w)
    でもそれは根本的に体罰が必要というのとはちょっと違う。
    体罰を肯定してしまったらその時点で教育ではなくなってしまいます。

  7. TH より:

    はじめまして、私は現在52歳、自分の学生時代には体罰って言う言葉を使用する先生がいなかったように思えます。体罰=当たり前って時代でしたから。体罰を受けた側は絶対に納得はしないと思います。なぜなら、私は教員免許を持っていて教室内での教員の立ち位置と権利というものに関して実体験で学んだことがあります。教員は「独裁者」であり、また自己判断のみで生徒もしくは学生に対しての罰を遂行できるわけです。会社のように上司や同僚、後輩などという「同じ部屋で仕事をしている仲間たち」というものから隔離されて、本当に一人の裁量で全てを決められる密室の中の独裁者になりえる存在です。

    教員という世界しか知らない教師たちが沢山いること事態が不自然だということ。他の職種を経験してから経験値をあげ、いかなる場合でも理を持って学生たちを諭すと言うハイレベルな選択ができる教員作りをなぜ教育界はしていかないのでしょうか。疑問が残ります。今現在ではやたらなことで体罰ができなくなった学校環境が増えつつあります。そのために牙を抜かれた猛獣のごとく、「体罰ができなくなったから自分たちの仕事ははかどらなくなった、不良が増加した。」などと嘆く教員が少なくないこと。それらの悪い面の問題の増加は由々しきものであることは間違いありませんが、けっしてあきらめる必要は無く、警察や地域の青少年対策機関などとタイアップして情報を公開しつつ模索していくことが必要になってくるのではないでしょうか。

    体罰に先進的も後進的も無いです。体罰しか選択が無かったと言う教師の「面倒くささ」「学生に対する思いやりの無さ」がどの体罰にもその臭いがぷんぷんします。良い体罰なんてありえないと私は思います。

  8. 門真のなべ虎 より:

    小学生 中学生 高校(定時制)と野球をしてきましたが、体罰はラクショーでツキモノでした。トラオさんの言う通りハイレベルな体罰ってありますよね!
    僕らの時代は練習で怠ける 練習でつまらないミスをした などなど、ケツバットなどをくらいました
    でも体罰は練習のみです 試合の失敗には何も罰は無い

    すなわち練習中に試合の緊張感を持たせるのと 試合はノビノビ出来るのとで 今思えばハイレベルだったのかなぁ…と思います。(ちなみに全国大会の常連チームでした)

    まぁ、中学生でグレてしまい、坊主頭が嫌でパンチパーマをあてて練習に行った時は火を噴くほどシバかれましたが…(笑)

    僕も質問です(質問返しコーナーが癖ついたらイカンので無理に答えていただかなくて大丈夫です笑)
    野球の坊主頭や恋愛禁止や 数々のよくわからん昔の伝統ってどう思います?
    サッカーのレベルが異常に上がったのは野球の坊主がイヤでソッチに行ったせいと思います、絶対!!
    長々と失礼しやした…

  9. 阿倍野区 ケイ より:

    ほーんま悔しい桜宮(-_-)

    桜宮は知り合い夫婦が卒業されてて、いつしか偏差値が上がり、矢野さんの母校でもあるし好きやったのに(T_T)

    キャプテンやからと頑張ってたのに、お母さんは心配して顧問にゆーてたのに、30発、40発てこれはおかしいてゆーてくれる人が集まらなかったのか(?_?)

    何とかコーチにお願いしたかった(;_;)

    今、調べられててドキドキしてる先生多いんやろな(v_v)

  10. トラ11 より:

    体罰=暴力という構図無しで、強いチーム作りをすることを難しいと言うならば、監督としての能力はありません。
    長所を伸ばし、短所を補い、チームの結束を強くし、強豪チームとなるのは、暴力ではなく、高い頭脳と深い愛情です。

    桜宮高校の体育科を目指している子供たちが、無事に入試を受けられますように祈ります。

  11. なかっち より:

    体罰・・・難しい問題ですね!私も体罰当たり前の時代に育ちましたから、逆に今の過剰なまでの体罰問題に『?』となります。
    確かに今回の30発とか40発はやり過ぎやと思います!しかし、愛情ある鉄拳制裁は私は有りやと思います。鉄拳制裁の後のフォローはもちろん必要ですが。
    最近私の会社に入ってきた若い子などを叱ると、決まって『ゆとり世代ですから!』とか
    『それ以上言われるならパワーハラスメントで訴えます!』など平気で上司を脅す?若者が多いです。どこで教育は間違った方向へ行ってしまったんでしょうか?昔の教育方針が正しいとは言いませんが、今よりはましだったような気がするのは私だけでしょうか?

  12. 虎ジジィ より:

    たびたびすみません、言い忘れましたがtoraoさん今日のブログでこの問題を取り上げていただきありがとうございましたm(_ _)m

    門真のなべ虎さんの「丸坊主質問」に答えるなら、野球<サッカーになったのは「丸坊主」は十分関係していると思います。当時私の母校は男子高(現在も全国唯一の男子高商業高校)で全員坊主が校則、3年生の11月に全員2ミリに刈り、それ以降は自由(ただし欠席したらまた2ミリ刈り)という規則でした。髪が伸ばせるようになった時の嬉しさは格別なものがありました。よって「丸坊主が嫌でサッカーに行く少年」の気持ちは物凄く理解できます。
    体罰も丸坊主も実体験した人にか本当に理解出来ないと思います。

    因みに母校は当時全ての運動部で県優勝が義務付けられ、各部活スカウト組だけが優遇して試合で使われていました。たとえ一般で入部した部員がスカウト組を実力で抜いても顧問はスカウト組しか試合で使いませんでした。
    私はスカウト組(自慢するようでスミマセン)でしたが、そんな現実に物凄く矛盾を感じていました。
    話を置き換えると平野の言葉が、これもよく理解できます。

    平らな競争を希望します。長々すみませんm(_ _)m

  13. 英くん より:

    桜宮高校の体罰での生徒の自殺。本当にやるせない気持ちです。
    高校生とはいえ、まだ子供だと言ってもおかしくない年齢ですね。まだ子供である少年が自殺まで考え、実行してしまった。
    私は子供がいませんが、親御さんの事を考えると本当に無念で残念な、お気持ちではないでしょうか。
    教師は今までは、その指導法で、上手くいっていたのかもしれません。だから、その生徒にも同じ様にしたのでしょうか。
    今、教師をされている方、目指している方には、その生徒に合った教育をお願いしたいです。
    この様な事件が、二度とおきない事を祈ります。

  14. ken より:

    こんばんは。今更ですが、風邪は万病の元なので無理なさらずにお大事にして下さい。

    さて体罰問題ですが、私はある程度はあっても良いと思ってます。
    ちなみに私自身は全国優勝を狙うようなクラブでよくしばかれてました。

    ただ誰に聞いてもそうですが、ガッツリスポーツをやっていた人間は口を揃えて
    当時はほんまにアホやったと言います。高校生の頃からどんなにしっかりした
    意見を言ってた人でも皆同様です。
    実際10代ってそういう頃だと思います。変わってないと言う人は
    ずば抜けてしっかりしてたか、成長していないかのどっちかでしょう。
    それでもほぼ大人扱いされるので難しい年頃ではあります。

    そういう年頃の人間に自身を追い込むくらいしんどい練習を課し、
    壁に突き当たった時に奮起させるには、ある程度の体罰は効果的だと
    今なお思ってます。練習も挫折も辛くてしんどいもんですから。
    ただ心身ともに治らないような傷を与えるのは暴力と言えるでしょう。
    桜ノ宮の件は報道されてる以上に行き過ぎだったのかもしれません。

    暴力と体罰の線引きをするのは困難でしょう。マニュアル化なんて
    当然不可能です。ですが叱られて来なかった子供達が社会に出て来た時
    どうやってコントロールするのでしょう。心身を壊す教師も今同時に社会問題化
    しています。手出し出来ないのを良い事に暴れる子供が居たら?
    それを見て付け上がる子供が出てきたら?
    教育委員会がただの利権漁りの場と化している事が最大の問題であって
    体罰問題に終始して終わってしまうとより悪い社会となる可能性があります。

  15. 虎見 より:

    こんばんは。
    虎ジジィさん、コメントされた過去に受けた体罰は、一方的な暴力であり、正しいはずがありません。聞くまでもないと思います。教師や先輩などという呼称で呼ぶ必要もないと思います。
    私も自分の経験から何が正しいか暴力にどう対処するかもわからない子供に、体罰と称する暴力を振るう人はまともな精神を持っていないと思います。(虎シジィさんまでの酷さではないにも関わらず、子供の頃心に傷ができました。今は幸いな事に忘れていましたが、私も少し笑みを浮かべた元コーチから目を逸らし背中を向け親のいる方へ、記憶から消し去るように逃げました。)

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